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毒にも薬にもなりません

自殺の日と鎌倉市図書館のツイートについて

9月1日は一年で最も多くの子供が自殺する日らしい。

夏休みの終了、再び学校に戻る日だということ。それが大きな理由だそうだ。

そんな中、鎌倉市図書館のツイートが話題を呼んでいる。

 学校に行けない者が図書館に行って時間をつぶすというのはよくある話であるが、図書館の側からこのような切り口の呼びかけをするのは記憶にない。そのようなこともあってか当該ツイートは話題を呼び、9月1日時点で10万RTを超えている。今日はこのツイートによる反響等について考察してみたいと思う。

 

headlines.yahoo.co.jp

こちらが当該ツイートがYahoo!ニュースになった記事の一つ。見出しを見ればわかるように、このツイートをとても好意的に受け取っている。記事を要約すると、職員がいじめられた経験を基にしたのがこのツイートであり、ネット上では「感動した」など賛同の声が多く聞かれている、といった記事である。

反対に、否定派の意見はどうだろうか。こちらは概ね「不登校を助長するのでは」というもの。また、「逃げ場作りだけでは解決しない」という意見も聞かれた。確かにそこは問題として残る。仮病を使うなどして学校に行かなくなる子供が増えるのでは。という懸念も。また、鎌倉市教育委員会は、「死ぬ」という言葉が自殺を助長する為削除を検討するといっていたが、そこはこの問題の本質ではないため割愛する。(最も、それは単なる理由づけであり、実際は不登校を助長しかねない、そうなると教委としては困る、というのが理由であろうが。)

 

さて、両側の意見を出したところで、個人的にこのツイートを考察してみようと思う。僕はこのツイートに概ね好意的である。

まず、僕は高校の時に不登校だった。その時は家に引きこもっていることが多かったのだが、それでも親が家を出る前に家から出て、家を出た後に家に帰るなどをしたこともある。何もすることがなく、そのあたりをうろうろした後家に帰っていた。そして家に帰っても何もすることがなく過ごす。そんな毎日を送っていた。一度図書館に行こうとしたことがあったが、不登校だとばれてしまう、サボりだと思われてしまうかもしれないことが怖くて行けなかったのだ。その時もしこのツイートがあれば、図書館に行くことだってできただろう。ずっと家で無為に過ごさずに済んだかもしれない。そのため、このツイートは僕のような不登校児たちに大きな影響を与えるだろうと思われる。例のツイートの文章を引用すれば、「学校に行くのが死ぬほどつらい子」たちの大いなる救いになるだろうと推測される。いじめられているのにわざわざ学校に行くことはないのだ。

また、仮病を使うなどして学校に行かなくなる子供が増える、という意見だが、そもそもしょっちゅう仮病を使うようであれば、それだってもしかしたらその人の中では限界を迎えているのかもしれない。AさんとBさんが例えば全く同じいじめられ方をしたとして、Aさんは何も感じないがBさんは過度に怖がって不登校になってしまった。という例が実際に世の中には普通にある。辛さの基準は主観的なためだ。これは決してBさんが弱いからダメだとかいう話ではない。個体差だからだ。そのため、仮病を何度も使うまでして学校に行きたくないような人間に、無理に学校に行かせることはないと僕は思う。

あと、逃げ場作りだけでは解決しない、などと発言する人間は恐らくいじめなどの被害者になった経験がないのであろう。すぐ解決するものではないからとりあえず逃げ道を作っているのだ。勿論解決させることは大事だが。

 

今日は9月1日、このツイートに勇気づけられて、学校に行くくらいなら死んでやると思う子供が減ることを願ってやまない。